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大阪地方裁判所 昭和62年(行ウ)42号 判決

原告

エッソ石油株式会社

右代表者代表取締役

エル・ケイ・ストロール

右訴訟代理人弁護士

小長谷國男

今井徹

別城信太郎

被告

大阪府地方労働委員会

右代表者会長

寺浦英太郎

右訴訟代理人弁護士

山口伸六

被告指定代理人

藤川康典

足立昭三

被告補助参加人

スタンダード・ヴァキューム石油自主労働組合大阪支部

右代表者執行委員長

西塚美千子

被告補助参加人

久保田幸一

被告補助参加人両名訴訟代理人弁護士

菅充行

浦功

信岡登紫子

下村忠利

主文

一  被告が、昭和六二年七月二〇日付でなした別紙記載の救済命令主文第一項を取消す。

二  訴訟費用は被告の、参加費用は補助参加人らの、各負担とする。

事実

第一当事者求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項と同旨

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  補助参加人らは昭和五八年一〇月二六日被告に対し、原告を被申立人として不当労働行為救済の申立をしたところ、被告は同六二年七月二〇日付をもって別紙(略)のとおり救済命令(以下「本件命令」という)を発した。

2  よって、原告は本件救済命令主文第一項の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1は認める。

三  抗弁(本件命令主文第一項の正当性)

1  原告は、従業員の福利厚生のため、従業員の自己使用住宅及び宅地の購入資金等の確保について、財形住宅融資制度を設けている。

2  補助参加人久保田幸一(以下「久保田」という)は、原告の従業員にして、補助参加人組合(以下「組合」という)の構成員である。久保田は右制度を利用し、昭和五六年二月一三日株式会社富士銀行(以下「富士銀行」という)との間で財形住宅ローンを目的とした金銭消費貸借契約を締結し、同年三月二〇日、金一二七〇万円の融資を受けた。右契約には、融資期間を二〇年、返済につき、原告が同人の毎月の賃金及び夏・冬の一時金から一定額を天引きして、同銀行に割賦返済する旨の約定がある。

さらに信用保証サービス株式会社(以下「サービス会社」という)は、同年五月一日久保田の右返還債務につき連帯保証し、その求償権を担保するため同人が右融資により購入した不動産(以下「本件不動産」という)に抵当権を設定した。

3  原告は、同五七年七月一三日久保田に対し、同人を同月一四日付で解雇(以下「本件解雇」という)する旨の意思表示をなした。それに先立ち原告は、これを同月一二日同銀行及びサービス会社に通知した。

4  サービス会社は同年九月二七日、同銀行に久保田の残債務合計金一二二六万六二二二円を支払い、その旨久保田に通知し求償した。しかるに久保田は右履行を拒んだため、サービス会社は、同年一一月大阪地方裁判所に対し、本件不動産について抵当権実行の申立を行った。本件不動産は同五九年一月二〇日競落され、久保田はその所有権を喪失した。

5  原告は、本件解雇により久保田において財形住宅ローン償還金の一括返済義務が生じ、返済が不可能となり、ひいては本件不動産は競売に付され、同人がその所有権を喪失するに至ることを熟知し本件解雇をなし、よって同人から従業員福利厚生制度である財形住宅ローンの利用利益を奪ったのである。

そうすると、原告は、本件解雇により、久保田に対し、その居住していた不動産の所有権を喪失させ、生活基盤に直接打撃を加えようとしたものであり、かかる意図に基づく原告の久保田に対する右財形住宅ローンの利用利益を奪う行為は、労組法七条一号及び三号に該当する不当労働行為である。

四  抗弁に対する認否

抗弁1ないし4は認め、同5は争う。

五  補助参加人らの主張

1  原告の住宅融資制度と財形住宅融資制度について

原告の従業員住宅融資制度は、従来、原告が銀行からの住宅融資の斡旋及び連帯保証をし、当該従業員に対する求償権を担保するため当該住宅に抵当権を設定するというものであった。住宅融資の承認は原告の住宅融資選考委員会において決定されており、形式はともかく、実態的には従業員が原告から融資を受けて、原告に対して返済するのと同一で、銀行と当該従業員との間には直接的な関係はなかった。

しかし右制度は、同五二年一一月から原告が連帯保証をせず第一勧銀ハウジングセンター社がこれを行い前記抵当権を設定し、原告が同社に保証料を支払うという形式に変わった。この変更は、原告の組合弾圧の一方策としてなされたものである。即ち、原告が従業員に対し不当労働行為たる解雇をなし、原告自らが当該抵当権を実行すれば、不当労働行為意思が露呈してしまうため、原告自らは競売申立権者にならないことによって、不当労働行為意思を隠蔽しようとするものである。

原告は、新たに同五五年財形融資制度を導入した。これは、原告、富士銀行及びサービス会社の三者による契約に基づき運用、実行する仕組みになっている。そして、原告の従業員が同銀行から融資を受ける場合、融資金は原告の当座預金口座に振り込まれ、また、その返済は原告が当該従業員の給与、一時金から所定の金額を予め引き去り、右口座から同銀行に一括して支払うというものである。したがって、原告が特定の従業員の返済金の支払いを停止するためには、右口座からの引落としを一部停止する手続きが必要である。

2  久保田は、以下の経緯により、財形住宅制度を利用して購入した本件不動産の所有権を喪失した。

原告は、富士銀行及びサービス会社に対し、久保田の解雇を解雇通告日の前日である同五七年七月一二日に通知した。

同銀行は久保田に対し、同月二三日付内容証明郵便で当時の残債一二一〇万三五八九円の一括返済を求め、さらに、同年八月二七日付で「七月二七日、八月二七日の返済がなかったので期限の利益を失った」として再度同金額及びそれに対する遅延損害金の一括支払いを求めた。これに対し、補助参加人らは同銀行に対し、同年八月二日及び九月一〇日「支払い意思はあること、解雇は不当であり被告に対し救済命令申立を行い係争中であること、形式的取扱をしないこと」等を申し入れたが、無視された。

一方、サービス会社は久保田に対し、同年九月二七日付催告書でもって、同銀行に久保田の残債及び遅延損害金合計一二二六万六二二二円を代位弁済したので直ちに同金額を支払えと催告した。そこで久保田はサービス会社に対し、同年一〇月二八日付文書で「解雇は不当であり被告において係争中であること、久保田に代わって弁済する必要はないこと」を通知したが、サービス会社はこれを無視し、本件不動産の抵当権を実行しようとした。久保田は、従来どおりの割賦返済を行うことを明言し、競売申立を取下げるよう申し入れたが、サービス会社はこれを拒絶した。さらに補助参加人らは、同五八年一一月二日サービス会社に対し「このまま競売手続きを続行することは、当組合の団結権を侵害するものであり、不当労働行為になるものである」旨表明し、同五七年七月分から同五八年一〇月分までの割賦返済金合計一二一万一二五四円を現実に提供し、今後組合が保証し、従来どおり久保田は割賦金を返済するので競売申立を取下げるよう申し入れたが、サービス会社はこれを拒絶し、競売手続きを最後まで強行した。

3  右経緯によれば、富士銀行及びサービス会社が原告の意を受けて、早期の競売申立をなし、極めて強硬な態度に終始したことは明らかである。大蔵省の指導によれば、財形融資制度では六箇月以上の滞納により代位弁済が行われることになっているにもかかわらず、本件では解雇後四箇月しか経過していない時点で代位弁済がなされ、その後の交渉経過においても、原告らには全く柔軟性が認められない。

また、久保田は本来の財形融資制度の適用対象者に該当せず、経過措置の適用を受けている。即ち、久保田のように財形融資のための積立預金が不足している者については、原告が富士銀行、サービス会社と別途覚書を取り交わし、原告の信用により、特別に融資を実行させている。右融資に関する決定権限及び責任は原告に帰属しているのである。してみれば、財形住宅ローンに関する契約書第九条、同契約書別紙Ⅱ8条(2)が定めている原告の協議・協力義務の規定から、原告は、久保田に対する融資金の返済についても、富士銀行、サービス会社と残債務の返還方法等につき協議し、返済の方策を図るべき義務があったし、また、容易にその措置をとり得たのである。しかしながら、原告はかかる措置を一切採ろうとしなかった。

以上によると、原告は、不当労働行為意思に基づき、財形融資制度を利用し、富士銀行及びサービス会社の協力を得て、久保田をさらに不利な立場に置き、補助参加人らを財政的に追い込もうとしたことは明らかである。

4  ところで、小関秀一郎は、同五三年原告から、当時の職務上の地位に乗じてマネージャー・プラン・マネージャー(原告のガソリンスタンドを賃借してガソリン等の小売業に従事している者)から五〇〇万円の裏マージンを徴収したり、自宅購入に際し大手代理店から融資の便宜供与を受けたことを理由として懲戒解雇されたが、退職金二三五〇万円が支給された。これは、原告が、同人の住宅融資残高の返済に充てるよう取り計らったものである。

本件久保田の事例が原告の不合理な差別的取扱に該当することは明らかである。

六  原告の反論

1  久保田は、本件解雇による原告の従業員たる身分を失い、財形融資制度上の特典を利用できなくなったため、富士銀行との約定に従い、期限の利益を喪失し、残債務全額を返済すべきことになった。原告は、本件解雇を事前に富士銀行に対し通知しているが、これは、同銀行との間の契約に基づく義務である。

富士銀行は、久保田が約定の返済を遅滞したときに、爾後毎月の約定返済額を返済すれば期限の利益を喪失させない旨を付記した催告状を送付しているにもかかわらず、久保田は、従前の割賦返済金を支払わなかったため本件競売手続きが開始されたのである。

補助参加人組合に所属する糟谷一郎、中西勝敏らも財形融資制度を利用していたが、原告から解雇された。しかしながら、同人らは金融機関に対し残債務を一括返済したため、当該不動産に対する競売手続きは開始されていない。同人らは、右解雇の効力を争い裁判所、地方労働委員会で係争中であるが、同人らの住宅融資金の返済問題が別個独立の不当労働行為であるとは主張していない。

住宅融資制度の対象不動産の競売は、解雇と当然に結び付くものではなく、金融機関の経済的観点から行われるのであり、原告の意図が入り込む余地はない。

2  なお、財形住宅融資制度は、原告のみならず他社においても広く採用されているものであり、補助参加人らが主張するように原告の不当労働意思に基づき変更されたものではない。また、本件融資制度の金融機関は、富士銀行、第一勧業銀行、三菱銀行であるから、原告と富士銀行が特殊な関係にある旨の補助参加人らの主張は邪推という外ない。

3  原告が小関に対して一定の退職金を支給したのは、同人の在職中の貢献度を考慮したことによる(原告の給与規則中、退職手当金制度Cー3)。久保田と小関を同列に論ずることは、事案を異にするのであるから、無意味である。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1の事実(本件命令の発令)は、当事者間に争いがない。

二  抗弁(本件命令主文第一項の正当性)につき判断する。

1  抗弁1ないし4の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。右事実に、(証拠略)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

原告は、肩書地に本社を、全国約七〇箇所に支店、事務所、油槽所等を置き、各種石油製品及びその関連製品の輸入、精製、製造、販売を業としている。久保田は昭和四五年四月一日原告に入社し、同四九年八月から原告の大阪工業用製品支店に勤務していたが、同五七年七月一四日付で本件解雇(懲戒解雇)された。久保田は、入社当時から全国石油産業労働組合協議会スタンダード・ヴァキューム石油労働組合(以下「ス労」という)に加入し、副委員長、書記長、委員長を歴任し、右解雇当時副委員長であった。久保田らス労組合員の一部は、同年一〇月ころ組合を結成し、同月一四日原告に通告した。

従来から原告では従業員福利厚生のため、財形住宅融資制度を設けていたが、同五五年四月一日その制度が変更された。即ち、原告、富士銀行及びサービス会社は、同日、勤続年数その他一定の条件に適合する原告従業員の自己使用住宅及び宅地の購入資金等につき、富士銀行が二五〇〇万円の範囲で、サービス会社の保証を得て、当該従業員に融資する旨の財形住宅ローン契約を締結した。右契約には、従業員に対する右融資金は原告が当該従業員に支給する賃金、一時金から一定額を天引きして、富士銀行に割賦返済する旨、並びに、右融資を受けた従業員が原告を退職又は解雇された場合、銀行は事前に富士銀行及びサービス会社にこれを通知し、かつ、従業員の退職・解雇時の残存債務全額を償還させる手続きをとる旨の各約定がある。

久保田は、同五六年二月一三日富士銀行との間で財形住宅ローン用の金銭消費貸借契約を締結し、同年三月二〇日同銀行から一二七〇万円の融資を受け、本件不動産を購入した。右契約には、融資期間を二〇年、その返済は原告が同人の賃金及び夏・冬の一時金から一定額を天引きして、同銀行に割賦返済する旨の約定がある。一方、サービス会社は、同年五月一日久保田との間で保証委託契約を締結し、久保田の同銀行に対する返還債務につき連帯保証し、その求償権を担保するため本件不動産に抵当権を設定し、同日これを登記した。

原告は、久保田に対し、原告の機構改革に伴う担当業務の変更を命じた業務命令に違反したことを理由に、同五七年六月二四日から七日間の出勤停止処分に付した後、同人がさらにその後も右命令に従わなかったことを理由として、同年七月一四日付で解雇することを決し、同月一三日通告した。それに先立ち原告はこれを、同月一二日富士銀行及びサービス会社に通知した。これを受けて同銀行は、同月二三日久保田に対し「本件財形住宅ローンの貸付金全額を返済されたい、とりあえず同月二七日までに当月分の約定割賦返済金四万三四三八円を支払われたい」旨通告した。また、原告は、同日久保田に対し「本件財形住宅ローンの残高一二一〇万三五八九円を同銀行に一括返済されたい」旨通告した。

しかしながら、久保田は同銀行に右一括返済もなさず、右七月分の割賦返済金の提供もしなかった。さらに久保田は、同銀行に翌八月分の割賦返済金の提供もしなかったため、同銀行は久保田に対し「約定により期限の利益を喪失したから、残元金一二一〇万三五八九円及びこれに対する約定損害金を同年九月二七日までに支払われたい。不履行の場合、同銀行はサービス会社に保証債務の履行を請求する」旨通告した。しかるに久保田は同日までにその支払いをなさなかったため、同銀行はサービス会社に保証債務の履行を請求し、サービス会社は右残元金及び約定損害金合計一二二六万六二二二円を同銀行に代位弁済した。そこでサービス会社は、同日、久保田に対し「同銀行に右代位弁済して同人に対する求償権を取得した」旨通告した。他方、久保田はサービス会社に対して、右求償債務の履行を拒んだため、サービス会社は、同年一一月大阪地方裁判所に対し、本件不動産について抵当権実行の申立をした。そして同五九年一月二〇日本件不動産は競落され、組合員入江史郎の所有になったが、久保田は従来どおり本件不動産に居住している。

なお、大阪地方裁判所は、同五八年一一月二八日付で久保田のサービス会社に対する、右抵当権の実行禁止を求める仮処分申請に対し、サービス会社が原告の不当労働行為に加功したと認めるに足りる疎明資料はない等を理由として、これを却下する旨の決定(同裁判所昭和五八年(ヨ)第四六七一号抵当権実行禁止仮処分申請事件)をなした。また、被告は同六一年一一月一九日付で、久保田に対する本件解雇が不当労働行為に該当する旨認定し、原告に対して救済命令を発した(同委員会昭和五七年(不)第三六号、第三九号併合事件)が、中央労働委員会は平成元年四月一九日右解雇は不当労働行為に該当しないこと等を理由としてこれを取消した(同委員会昭和六一年(不再)第七九号事件)。さらに同裁判所は、昭和六二年七月一七日付で、久保田の仮の地位を求める仮処分申請に対し、本件解雇は有効であること等を理由として、これを却下する旨の決定(同裁判所昭和六二年(ヨ)第一四五四号地位保全当仮処分申請事件)をなした。

以上の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

2  そこで、原告において、久保田が本件不動産の所有権を喪失するに至ることを熟知し、その生活基盤に直接打撃を加え、もって同人の組合活動を阻害する等の意図(以下「本件不当労働行為意思」という)のもとに本件解雇をなし、同人から原告の従業員の福利厚生制度である財形融資制度の利用利益を奪ったか否かにつき検討する。

なるほど、1で認定したとおり、久保田がス労の種々の役職を歴任していたこと、原告は富士銀行及びサービス会社に対し、本件解雇を久保田に通告以前に既に通知していたこと、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、久保田及び組合は原告の機構改革案に強く反対する等原告と対決する姿勢を採っていたこと、原告は、本件解雇時において、久保田が原告から支給される賃金、一時金により生計をたてており、久保田が財形住宅ローンを利用し、当時相当額の残債務を負担していた事実を認識していたこと、久保田は、昭和五七年八月二日、富士銀行に対し「本件解雇は不当労働行為に該当し無効であるから、被告に救済命令の申立を行っている。したがって原告から約定返済金を受けられたい」旨の、原告に対し「本件解雇を直ちに撤回し、銀行に対し約定返済金を支払え」との各通知をしたが、原告、同銀行はこれを無視したこと、次いで久保田及び組合は、同年九月一〇日、同銀行に対し「久保田は約定返済金を支払う意思がある。弁済がなされていないのは原告の責任であり、久保田に責任はない。同銀行がサービス会社に対して保証債務の履行を請求することは誤りであり、これを強行することは原告の違法行為に加担することになる」旨の通知をしたが無視されたこと、さらに久保田は、同年一〇月二七日、サービス会社に対し「本件解雇は不当労働行為である。したがってサービス会社が同銀行に代位弁済して求償権を取得する必要はない」旨通知をしたが無視されたこと、久保田は同五八年一一月二日サービス会社に対し「このまま競売手続きを続行することは、組合に対する不当労働行為になる」旨表明するとともに、同五七年七月分から同五八年一〇月分までの賃金、一時金からの約定割賦返済金合計一二一万一二五四円を提供し、残額について組合が保証する旨申し向けたが、翌日サービス会社から「一括返済しない限り、競売手続きは続行する」旨通告され、右提供にかかる金員の受領を拒否されたことが認められる。

しかしながら、久保田が解雇されて、割賦返済金の一括返済をなすべき義務が生ずるとしても、久保田が、他から融資を受けて右一括弁済をなし、本件不動産の所有権を確保することも可能であったこと、1で認定した事実によれば、富士銀行は本件解雇通知を受けて直ちに久保田に一括返済を求めているものの、とりあえず当月分の割賦返済金の支払いを求めるという留保付であり、約定返済期日である同年七月二七日及び同年八月二七日の経過を待って本格的に一括返済を請求していること、(証拠略)によれば、原告の同銀行及びサービス会社に対する本件解雇の事前通知は契約上の義務の履行にすぎないこと、さらに同号証によれば、右契約において「当該従業員が、銀行に対する債務を二箇月以上延滞したときは、銀行はサービス会社に保証債務の履行を請求できる」旨約定していること、久保田及び組合の同銀行及びサービス会社に対する同年八月二日、九月一〇日及び一〇月二七日の前記各通知に対し、被解雇者が争えば常に当該解雇が無効になるというものではないから、同銀行等には久保田の意向に沿った対応をすべき法律上、契約上の義務は何ら認められないこと、また、久保田の前記割賦返済金の提供は、サービス会社が保証債務の履行を行い、かつ抵当権実行の申立の後であったにすぎないことが認められる。右諸事情に徴すれば、前段で認定した各事実をもって、原告に本件不当労働行為意思があったことを推認するに足りないというべきである。

3  補助参加人らは、原告の行った同五二年一一月の住宅融資制度の変更は、ス労に打撃を与える目的であった旨主張し、証人久保田はこれに沿う供述をする。なるほど、前掲(証拠略)、同証人の証言によれば、従来、原告の従業員が金融機関から住宅取得のため融資を受けるに際しては、原告が当該従業員のために連帯保証し、その求償権確保のため当該不動産に抵当権を設定するという制度であったこと、原告は、同五一年六月右制度を利用していた二名を含むス労組合員四名を懲戒解雇したこと、原告は右二名の解雇時の残債務を金融機関に一括返済したが、当該不動産に設定していた抵当権を実行していないこと、原告は、同五二年一一月、右融資の際の連帯保証及び抵当権設定は第一勧業ハウジング・センターが行うという制度に変更したことが認められる。しかしながら、(証拠略)、弁論の全趣旨によれば、右制度はス労組合員、非組合員の区別なく利用されるものと認められること、原告が右二名に対する抵当権実行をしなかったのは、不当労働行為意思の露骨な発現を回避することを目的とした事実を認めるに足りる証拠はないこと等に徴すれば、前記認定事実をもって、原告がス労に打撃を与える目的で右制度変更をした事実を推認するに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、同証人の右供述は直ちに信用できず、補助参加人らの右主張は採用できない。

次に、補助参加人らは、原告は久保田に対して退職金を支給せず、また、財形住宅ローンに関する契約書第九条、同契約書別紙Ⅱ8条(2)が定めている原告の協議・協力義務の規定から、原告は、富士銀行、サービス会社と久保田の残債務の返還方法等につき協議し、返済の方策を図るべき義務があった旨主張する。たしかに、前記認定のとおり、久保田は原告から支給される賃金、一時金により生計を立てていたと認められ、(証拠略)によれば、本件ローン契約には右主張のとおりの契約条項が存在するが、原告が本件において右義務を行ったと認めることはできず、さらに弁論の全趣旨によれば、久保田は本件解雇時に退職金に支給を受けていないことが認められる。しかしながら、同号証によれば、原告の前記協議・協力義務は、「真に己むを得ない理由」により退職時に残存債務を完済できないときに限定されているところ、(証拠略)によれば、久保田に退職金を支給すべきか否かについて、原告は裁量権を有していると解され、さらに前説示のとおり、本件解雇は業務命令違反を理由とする懲戒解雇であったこと、久保田は支援者等から融資を受けて残債務を一括返済することもできた(本件不動産は組合員入江史郎が競落している)というべきであるから、本件は、久保田において右「真に己むを得ない理由」が存在せず、原告が右義務を尽くすべき場合には該らないというべきである。したがって、補助参加人らの右主張は理由がない。

さらに、補助参加人らは、原告の久保田に対する本件対応は、小関秀一郎に対するそれに比較して不合理な差別的対応である旨主張する。なるほど(証拠略)によれば、原告は、昭和五三年一一月一六日、原告の従業員小関秀一郎が以前在職していたサービス・ステーション部長の地位を利用して、原告のマネージャー・プラン・マネージャーから合計金五〇〇万円を受領したこと等を理由として同人を懲戒解雇したこと、原告は、同日同人に対して退職金金二三五〇万円を支給し、同人にそのうち金七七四万四〇六〇円を右解雇時における同人の住宅融資残高の返済に当てさせたこと、同人はその後原告の代理店株式会社イチネンに就職していることが認められる。しかしながら、(証拠略)によれば、小関は、同二五年原告に入社以来、広島サービス・ステーション支店支店長、本社サービス・ステーション部次長、同部部長等の要職を歴任し、解雇当時勤続二八年であったこと、さらに(証拠略)(人事規定集)によれば、原告の同五三年度における退職手当金制度につき、本人の責に帰すべき事由により原告から解雇される場合であっても、原告が裁量により退職手当金を支給することがある旨規定されていることが認められる。解雇時までの久保田、小関の勤続年数及び歴任した役職がいずれも異なっていること、したがって原告における貢献度も差があると推認されることをも併せ考慮すれば、両人に対する原告の対応の差異をもって、不合理な差別と即断できない。してみれば、補助参加人らの右主張も理由がない。

4  そして、本件記録を精査しても、他に原告が本件不当労働行為意思を有していたことを認めるに足りる証拠はない。

よって、抗弁は失当である。

三  以上の次第で、本件命令の主文第一項は取消を免れず、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九四条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 市村弘 裁判官 鹿島久義)

地労委命令主文

1 被申立人エッソ石油株式会社は、申立人各自に対し下記の文書を速やかに手交するとともに、二メートル×二メートル大の白色木板に下記のとおり明瞭に墨書して、速やかに被申立人の大阪工業用製品支店入口付近の従業員の見やすい場所に二週間掲示しなければならない。

年 月 日

スタンダード・ヴァキューム石油自主労働組合エッソ大阪支部

執行委員長 西塚美千子殿

久保田幸一殿

エッソ石油株式会社

代表取締役 八城政基

当社は、申立人久保田幸一氏を解雇することにより、従業員としての地位を失わせるだけにとどまらず、財形住宅ローンの償還金返済を困難にさせ、同人が居住する不動産の所有権を失うに至らせました。

当社のかかる行為は、大阪府地方労働委員会において、労働組合法第七条第一号及び第三号に該当する不当労働行為であると認められましたので、ここに陳謝いたします。

2 申立人らの、被申立人株式会社富士銀行及び被申立人信用保証サービス株式会社に対する申立ては、いずれも却下する。

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